《失敗の本質》専門家にとって大事なのは結果、すなわち勝てていること【岩田健太郎教授・感染症から命を守る講義⑲】
命を守る講義⑲「新型コロナウイルスの真実」
■組織的失敗——数合わせの専門家たち
で、フタを開けてみたら結構ヤバかった。PCR検査をした人のうち何割も陽性が出てしまい、慌てた厚生労働省はDMAT(ディーマット)を呼びました。
DMATとは「Disaster Medical Assistance Team(災害派遣医療チーム)」のことで、災害時のディザスターマネジメント(災害対策)を専門とする医療団です。彼らが動いたのは、聞くところによると、厚労省の管轄下にあって動かせる医療団がDMATしかなかったことが理由のようです。
アメリカでは最初からCDCを動かしました。CDCの正式名称は「Centers for Disease Control and Prevention」で、日本語では「疾病予防管理センター」などと訳されています。
CDCは、文字通り感染症対策の専門政府機関で、さまざまな分野の専門家を有し、アメリカの感染症対策の主導的な役割を担います。
アメリカに寄港したロイヤル・プリンセスへの対応では、当初トランプ大統領が「国内の感染者が増えないよう、クルーズ船から人を降ろすな」と言っていました。そんなときでもCDCはさすがに専門家チームなので、大統領が言ったことを突っぱねて、さっさと下船させました。それだけの権限、そして見識を持っている組織です。
翻って、CDCがない日本では、最初はDMATが動いた。彼らはなんと、感染症とは何の関係もない、災害対策の専門家です。ここでいう「災害」とは例えば地震などのことで、彼らの専門分野は骨折や出血など。要するにDMATは主に救急の専門家たちから成り立っているんです。
厚生労働省の管轄下には他に、国立感染症研究所にFETPというチームもあります。「Field Epidemiology Training Program(感染症危機管理を行う人材育成プログラム)」のことで、たしかに彼らも感染症の専門家には違いありません。
でも、「専門家」とひと口に言っても、いろんな専門家がいるわけです。FETP疫学といって、数を数えて予測をする、要するに現状把握や解析をするチームであって、感染症を治療する専門家ではないんです。あるいは、拡散を防ぐ防御の専門家でもない。
感染症対策は野球と同じように、攻撃と守備にたとえることができます。感染症を診断して治療する、診断治療の専門家が攻撃なら、感染症が拡がらないようにする防御の専門家もいます。これは野球でいうところの、バッターとピッチャーみたいなものです。
お互いに強く関連しているし、「感染症対策」という目的は同じだけど、専門性は全然違う。バットを振っていても、ピッチングはうまくならないし、逆もまたしかりですよね。
だから、「感染症の専門医」とされていても、診断はできるけれどじつは感染防御ができない、という人は大勢いますし、逆に感染防御の専門家でも、治療や診断が苦手な人はいっぱいいます。ぼくはその両方をやる、野球ならバッター兼ピッチャーみたいな人です。
要は、「感染症の専門家」と安易に一括りにしてはダメで、それぞれ、得意と不得意、守備範囲というものがあるわけです。逆に言えば、守備範囲がきちんとしているからこそ専門家なわけです。
厚労省の管轄下でいうと、FETP(Field Epidemiology Training Program=感染症危機管理を行う人材育成プログラム)は数を数えたりする「現状把握のプロ」です。野球でいえばスカウトとか、戦略担当コーチみたいなものでしょうか。FETPも最初はダイヤモンド・プリンセスに入ったんですが、彼らは感染の防御には強く参画せず、すぐに出ていってしまいました。
そこでDMAT、つまり救急の先生たちが、いきなり「新型ウイルスが蔓延する船の中に入れ」と言われて、実際に入っていったわけですね。自分たちの全く関係ない畑のところに入らされたDMATの人たちは、すごく気の毒です。